岡崎ホープチャペル発行の週報(2025.8.31)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 1章5節
あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりの時に現されるように用意されている救いをいただくのです。
生ける望みとは「終わりのときに現されるように用意されている救い」
として表現されています。「救い」というときに聖書では、
①未来にいただく救い
②現在いただいている救い
②現在いただいている救い
この両方を伝えています。5節の「救い」は、①未来にいただく救いとして、御国に入る時に私たちが受ける完全な報い、救いの完成について書かれています。そして、少し先に書かれている9節でも、「救い」について言われていますが、そこでは②現在いただいている救いのこととして書かれています。(罪が赦され、御霊が与えられている)
私達は信仰によって神のあらゆる富を持っていることを知っています。
しかしまだそれを見てはいないのです。その富は今は隠されているので、わたしたちの肉眼で見ることはできないのです。それゆえに、今は苦しみがあるとしてもしばらくの間、この隠されているけれど、必ず与えられる神のあらゆる富を受け継ぐ時がくることを希望として、現在にとどまって生きること、これをペテロは生ける望みと呼んでいます。
私たちはすでに救われていますが、まだ天に召されているわけではありません。地上では今しばらくの間、苦しみも経験しなければならないのですが、この地上にあって与えられている「生ける望み」が私たちを支えてくれています。
私たちは今一度、自分に問いかけてみましょう。私たちが希望としているもの何でしょうか?天に持って行くことができないものに熱心になっていないでしょうか?私たちの希望は、すでに与えられている罪の赦しと御霊によって、これから与えられる天にある神の富、資産の相続者としての希望です。
今週も皆さんの上に、神の恵みと祝福が豊かにありますように。


