「従順な子として」ペテロの手紙第一 講解 第7回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2025.9.14)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 1章 13-16節

13ですから、あなたがたは心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストが現れるときに与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
14従順な子どもとなり、以前、無知であったときの欲望に従わず、
15むしろ、あなたがたを召された聖なる方に倣い、あなたがた自身、生活のすべてにおいて聖なる者となりなさい。
16「あなたがたは聖なる者でなければならない。わたしが聖だからである」と書いてあるからです。

私達クリスチャンは、ただ救われただけでなく、

聖なる者とされていくという約束も与えられています。聖なる者とされる、聖化の恵みについて語られています。
14節に「以前、無知であったときの欲望に従わず」とあります。この「従わず」と訳されている言葉は、シュスケーマティゾマイという言葉で、新約聖書で2回しか出てこない珍しい言葉です。もう1箇所は、ローマ12:2「この世と調子を合わせてはいけません」とある、「調子を合わせる」という言葉がそれです。キリストと出会う以前ならば、このくらいいいよねという事をしていたかもしれません。例えば、嘘をつくこと、思いのまま悪口や不平不満をこぼすこと、自分の我を通すなどです。しかし、キリストと出会い救われた今は、自分の欲望に身を任せるままにすることなく、その欲望を拒否するようにとペテロは諭しています。

私たちのとるべき態度とは

それでは、聖化において私たちがなすべきこと、私たちのとるべき態度とはどのようなものでしょうか?
14節の最初に「従順な子どもとなり、」とあります。この「従順」という一語に、私たちの取るべき態度が表されているのではないでしょうか。「従順」と訳された言葉の元々の意味は、「聴力に恵まれている」「言われていることを理解する」という意味があります。それは、神が教えてくださることを従順に受け取り、神が示してくださることに素直に従い、喜ぶ。その過程で、私たちは神によって変えられていき、神ご自身に似た者とされていくのではないでしょうか。

今週も皆さんの上に、神の恵みと祝福が豊かにありますように。