「霊の家に築き上げられる②」ペテロの手紙第一 講解 第21回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2025.12.21)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 4-7節

4主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが神には選ばれた、尊い生ける石です。
5あなたがた自身も生ける石として霊の家に築き上げられ、神に喜ばれる霊のいけにえをイエス・キリストを通して献げる、聖なる祭司となります。
6聖書にこう書いてあるからです。「見よ、わたしはシオンに、選ばれた石、尊い要石を据える。この方に信頼する者は決して失望させられることがない。」

「霊の家」は「神の宮」のこと、神の臨在が現されるところ

 5節には、「あなたがた自身も生ける石として霊の家に築き上げられ、神に喜ばれる霊のいけにえをイエス・キリストを通して献げる、聖なる祭司となります。」とあります。ここで、私たち自身も「生ける石」なのだと教えられています。石一つだけでは役に立つようには見えないかもしれません。 しかし多くの「生ける石」が 一緒に、「霊の家に築き上げられ」るのです。私たちが築き上げるのではなく、神が私たちを用いて築き上げてくだるのです。

「霊の家」は「神の宮」のことであり、神の臨在が現されるところです。 私たちの交わりである教会が、神の宮、 神の臨在の現れるところです。 目に見えない神が私たちの交わりのうちにご自身を現してくださるのです。

主のもとに来なさい

私たちはキリストにあって「生ける石」とされました。一つ一つの石は大したことはなくても、多くの石が組み合 わされると、見事な建物ができあがります。同じように、私たちはそれぞれ小さな存在ですが、 神の民として組み合わされるとき、すばらしい「霊の家」ができあがります。それは、イエス様が要の石として頂点におられ、私たちが互いに支え合いながら建てられていく。それが教会です。
そこで、私たちはみな神に仕える「祭司」となります。祭司の服という目に見えるしるしはなくても、私達は主に仕える「祭司」なのです。信仰と賛美の祈り、私たち自身を主に捧げるのです。

そのためには、「生ける石」であるキリストと一つになっていくことです。 主と一つにされることで、私たちは「生ける石」として互いに組み合わされていくのです。

ですから神は、私たちを「主のもとに来なさい」(4節)と日々招いてくださいます。夕ごとに朝ごとに、「主のもとに来なさい」という呼びかけに従い、生ける石として、主との麗しい交わりに私たちも組み合わされていきましょう。