「神の民として①」ペテロの手紙第一 講解 第22回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2025.12.28)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 7-8節

7 したがってこの石は、信じているあなたがたには尊いものですが、信じていない人々にとっては、「家を建てる者たちが捨てた石、それが要の石となった」のであり、
8 それは「つまずきの石、妨げの岩」なのです。彼らがつまずくのは、みことばに従わないからであり、また、そうなるように定められていたのです。

主イエス・キリストは「人には捨てられたが神には選ばれた、 尊い生ける石」です。

それは、人々から見捨てられ十字架につけられたことによって、私たち人間を救う神の計画が実現したのです。 人の目にはどのように見えても、神の目には「尊い生ける石」でした。この方に信頼する者は決して失望させられることがないのです。

7節は「したがって」 という言葉で始まります。キリストは私たちを支える要の石、私たちにいのちを与える生ける石ですから、そのことに感謝し拠り頼む人々がいる一方で、その尊さ大切さが分からずに反発したり、つまずいたりする人たちがいます。拠り頼んでいる人たちには、その価値が分かるが、受け入れない人々にとっては「つまずきの石、妨げの岩」でしかなく、それは 邪魔なものとなります。

みことばに従わない

なぜつまずくのかというと、「みことばに 従わないからであり、また、そうなるように定められていた」とペテロは語ります。「みことばに従わない」といのは本人の責任のようですが、しかし同時に、神がそのように定めておられたということです。

ここで言われていることの要点は、すべての人が信じるわけではない、すべての人がこの石の恩恵にあずかるわけではない、ということです。そして、そのように信じない者たちがいるなかで、生ける石であるイエス・キリストに目が開かれたのは当たり前のことではなく特別な恵みであるということを、ペテロは言おうとしたのではないでしょうか。

まもなく2025年が終わります。この一年はどのような年でしたか?生ける石であるキリストを信じる信仰を与えられた、この特別な恵みを受けた者として感謝を捧げつつ、新しい年も神の民としてキリストのうちに歩んでいきましょう。