岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.1.25)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 11-12節
12 異邦人の中にあって立派にふるまいなさい。そうすれば、彼らがあなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたの立派な行いを目にして、神の訪れの日に神をあがめるようになります。
キリスト者とは何なのか?
先週までは「神の民として生きる」という大きなテーマを、神との関係、つながり、という視点から見てきました。今週からは新しい区分に入ります。2章11節から3章の終わりまでが一つの大きな区分になっています。「神の民」というテ ーマは続きますが、神との関係という土台のもと、周囲の人々との関係について教えられています。つまり、この社会や家庭において「神の民としてどう生きるか」という問題です。
今日の箇所、2章11節と12節は、これから語られることの基礎、前提となる大切なことです。ペテロはここで二つの事実と二つの勧めを記しています。まず今週は二つの事実を見てみます。一つめは、キリスト者とは何なのか?ということです。
ペテロはここで、手紙を宛てた人々に「愛する者たち」と呼びかけています。それは単にペテロの個人的な思いを表現しているものではなく、「神に愛されている者たちよ」という意味として、神の民であることを伝えています。
決して変わることはない「神の愛」
私たちは、物事が順調に進んでいるときには、「神に愛されている」という実感を感じたりしますが、病気にかかったり、事故にあったり、道が開かれなかったり、つらい経験をしたりすると、 「私は神に愛されていないのではないか」「神さまから見捨てられたのではないか」などと思ってしまうことがあります。しかし、目の前がたとえ嵐のような荒れた天気だったとしても、そのさらに上空にはいつも青空があり、太陽の明るさで照らされているように、神の愛は決して変わることはないのです。
コリント人への手紙 第二 4章18節
私たちが見ている今の世における現実は一時的な旅であり、私達には帰る場所があることを知っている。そのように、永遠に続く天の御国における神の民として、今を生きていくことができるのです。


