「旅人、寄留者として③」ペテロの手紙第一 講解 第27回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.2.8)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 11-12節

11 愛する者たち、私は勧ます。あなたがたは旅人、寄留者なのですから、たましいに戦いを挑む肉の欲を避けなさい。
12 異邦人の中にあって立派にふるまいなさい。そうすれば、彼らがあなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたの立派な行いを目にして、神の訪れの日に神をあがめるようになります。

「神の民としてどう生きるか」

これに対し大切なこととして、ペテロはここで二つの事実と二つの勧めを記しています。今週は二つの勧めのうちのちょっと一つめ、11節にある「肉の欲を避ける」ということを見ていきます。

「肉の欲」というと、食欲とか性欲などの身体の欲求もありますが、むしろその基本的な意味は、神に反発し、自己中心に生きようとする私たちの心の欲望のことを指します。食欲や性欲も、本来は神が与えてくださった良いものであるはずなのに、私達が神に背を向け自己中心となるときに「肉の欲」となるのです。名誉欲とか、お金や物への執着なども肉の欲と言えますし、最近では、人から認められることを求める、承認欲求という言葉もよく聞きます。

では、なぜ肉の欲を避けなければならないのでしょうか。

それは、「たましいに戦いを挑む」ものだからです。人の欲望や野望は、神によって与えられている霊的ないのちに覆いをかけて、神との関わりからくる、たましいの平安、神に満足していることをわからなくさせるからです。この肉の欲は、キリストによって与えられた永遠のいのちである「神を知る」ことを妨げる、この世における霊的な戦いなのです。

私たちはどうでしょうか?

自分がどのような肉の欲に惹かれやすいかを意識し自覚していますか。 肉の欲は実に巧妙です。傍目には良い行いに見えることでも、主は心を見られるお方です。いつも自分の動機を聖霊によって探っていただきましょう。

肉の欲を「避ける」と訳された言葉は「放棄する」という意味があります。自分の心にあるものを探り、認め、それを放棄すること。それが「避ける」ということです。私達の内には、全てを放棄し死にまで従ったお方、復活された唯一のお方であるキリストが生きておられます。主が来られるその日まで私たちの戦いは続きますが、その戦いはすでに勝利しているのです。なぜなら私たちは神の民とされているからです。ハレルヤ!