「クリスチャンとしての責任①」ペテロの手紙第一 講解 第29回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.2.22)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 13-17節

13 人が立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい。それが主権者である王であっても、
14 あるいは、悪を行う者を罰して善を行う者をほめるために、王から遣わされた総督であっても、従いなさい。
15 善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることは、神のみこころだからです。
16 自由な者として、しかもその自由を悪の言い訳にせず、神のしもべとして従いなさい。
17 すべての人を敬い、兄弟たちを愛し、神を恐れ、王を敬いなさい。

責任を果たす生き方

 先週までは「クリスチャンは、この地上で旅人、寄留者」であることを見てきました。その中で12節に「異邦人の中にあって立派にふるまいなさい」とありました。ペテロは「立派にふるまう」ということを13節から説明をしています。それは、クリスチャンは一人の市民として、「責任を果たす生き方」をするのだと教えています。

「人が立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい」

と13節の前半にあります。私たちは日々の生活の中で、社会のルールを守り生きています。ルールに従うのは当たり前の事だと思うかもしれません。しかし、キリスト教の歴史の中で、この当たり前のことを認めない人々も存在しました。神を信じないリーダーが作ったルールには従わなくてよいと考えたのです。しかし聖書は「人が立てたすべての制度に従いなさい」と教えています。それは、「主のゆえに」従うのです。

神は私たち人間に、秩序やルールを作る力を与えてくださいました。ルールを作る人たちは、必ずしも神を信じている人ではないかもしれません。それでも彼らは(自分では分かっていませんが)神から与えられている能力や知恵を用いています。神は、ご自分をおそれることを知らない人に対しても、完全ではなくてもルールを作り、秩序を保つ力を与えてくださるのです。父なる神は、信じる者にも信じない者にも太陽を照らし、雨を降らせてくださるお方です(マタイ5:45)。それを神学用語で「一般恩寵」と言います。

神の恵みには「特別恩寵」と「一般恩寵」があります。

「特別恩恵」は、イエス•キリストの十字架により永遠のいのちを与える恵みで、 信じる人にだけ与えられます。それに対して「一般恩寵」は、信じない人にも与えられていて、 それによって法律を作ったり、社会の取り決めをしたりすることができるのです。 生まれながらに罪人である私たちはこのような神の恵みによって生かされています。ですから、そのような恩寵を与えてくださっているので、「主のゆえに従う」のです。