「クリスチャンとしての責任④」ペテロの手紙第一 講解 第32回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.3.15)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 13-17節

13 人が立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい。それが主権者である王であっても、
14 あるいは、悪を行う者を罰して善を行う者をほめるために、王から遣わされた総督であっても、従いなさい。
15 善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることは、神のみこころだからです。
16 自由な者として、しかもその自由を悪の言い訳にせず、神のしもべとして従いなさい。
17 すべての人を敬い、兄弟たちを愛し、神を恐れ、王を敬いなさい。

国や社会の指導者、リーダーとして立てられている人たちを敬う

 17節でペテロは、その人自身として受け入れ、敬うようにと言います。私たちは、自分の尺度で人を評価したり、さばいたりしてしまいますが、神が望まれていることは、私たちがすべての人を敬うことです。
「兄弟たちを愛する」とは、信仰を同じくする仲間を愛することです。「王を敬う」とは、国や社会の指導者、リーダーとして立てられている人たちを敬うようにということです。

大切なのは、こうした勧めの間に「神を恐れなさい」とあることです。創造主であり、裁き主としての神を恐れるからこそ、私たちは人を敬い、愛することができるのです。神に対する恐れがないと、私たちは自己中心になり高ぶってしまいます。しかし、神に対する恐れが心の中にあるとき、私たちは他の人を敬い、愛することができるようになります。「あの人も、神がご自身のかたちに造られ、愛しておられる存在なのだ」と尊重することができるからです。

皆さんに質問します。あなたは自由にされていますか?

罪から、肉の力から、自己中心から、「こうでなければならない」という義務感から自由にされていますか?私たちにはイエス・キリストを通して与えられた自由があります。しかしその自由は、互いに愛し合い、仕え合うための自由です。社会のルールや法律に従う自由、正義を行う自由、弱い人々を助け守る自由です。

神のしもべとして神に従うとき、私たちは真の自由人となるのです。神の平安の中で、喜びと満足をもって生きることができるのです。今あなたが置かれているその場所、社会において、クリスチャンとしての責任を果たしていきましょう。