岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.4.26)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 3章 1-6節
1.同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。たとえ、みことばに従わない夫であっても、妻の無言のふるまいによって神のものとされるためです。
2.夫は、あなたがたの、神を恐れる純粋な生き方を目にするのです。
3.あなたがたの飾りは、髪を編んだり金の飾りを付けたり、服を着飾ったりする外面的なものであってはいけません。
4.むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人を飾りとしなさい。それこそ、神の御前で価値あるものです。
5.かつて、神に望みを置いた敬虔な女の人たちも、そのように自分を飾って、夫に従ったのです。
6.たとえば、サラはアブラハムを主と呼んで従いました。どんなことをも恐れないで善を行うなら、あなたがたはサラの子です。
2.夫は、あなたがたの、神を恐れる純粋な生き方を目にするのです。
3.あなたがたの飾りは、髪を編んだり金の飾りを付けたり、服を着飾ったりする外面的なものであってはいけません。
4.むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人を飾りとしなさい。それこそ、神の御前で価値あるものです。
5.かつて、神に望みを置いた敬虔な女の人たちも、そのように自分を飾って、夫に従ったのです。
6.たとえば、サラはアブラハムを主と呼んで従いました。どんなことをも恐れないで善を行うなら、あなたがたはサラの子です。
1.無言のふるまいによる証し(1〜2節)
ペテロが第一に勧めているのは、「自分の夫に従いなさい」ということです。それによって「たとえ、みことばに従わない夫であっても……神のものとされる」ことを期待するようにと勧めます。ここで夫に従う姿は「無言のふるまい」と表現されています。夫婦の間では、つい言葉で間違いを指摘したくなるかもしれませんが、言葉による説得よりも、日々の生き方そのものが大切だということです。これは単に何も話さないということではなく、妻の振る舞いの中に「神を恐れる純粋な生き方」を夫が見出すことを意味します。人間の力を超えた神への敬愛こそが、身近な家族に対する証しとして用いられるのです。
2.隠れた人柄を飾りにしなさい(3〜6節)
次に、真の美しさについて教えられています。私たちは外面を装うことに心を配りますが、外見ばかりに気をつけていると、本質を見失ってしまいます。ここで「金の飾りはダメなのか」といった、境界線を探るような発想は、枠の内側にいれば安心して、外れている人を批判する「律法主義」に陥ります。聖書が伝えていることは、表面的にルールを守ることではありません。大切なのは4節にある積極的な命令です。
「むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人を飾りとしなさい。」
神の御前で価値があるのは、朽ちることのない「柔和で穏やかな霊」です。これは、「内に形造られるキリスト」であり、私たちの心をも美しく整えられることにより、まことの美しさが生まれます。サラをはじめとする信仰の先達たちも、この内面の飾りを大切にしました。外面の繕いではなく、神の目に尊いとされる内面の飾りを、今日も大切に身に着けてまいりましょう。


