岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.5.10)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 3章 8-12節
最後に言います。みな、一つ思いになり、同情し合い、兄弟愛を示し、心の優しい人となり、謙虚でありなさい。悪に対して悪を返さず、侮辱に対して侮辱を返さず、逆に祝福しなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのです。
「いのちを愛し、幸せな日々を見ようと願う者は、舌に悪口(あっこう)を言わせず、唇に欺きを語らせるな。
悪を離れて善を行い、平和を求め、それを追え。主の目は正しい人たちの上にあり、主の耳は彼らの叫びに傾けられる。しかし主の顔は、悪をなす者どもに敵対する。」
「いのちを愛し、幸せな日々を見ようと願う者は、舌に悪口(あっこう)を言わせず、唇に欺きを語らせるな。
悪を離れて善を行い、平和を求め、それを追え。主の目は正しい人たちの上にあり、主の耳は彼らの叫びに傾けられる。しかし主の顔は、悪をなす者どもに敵対する。」
不当な苦しみや試練の中に置かれる
この世でクリスチャンが「旅人・寄留者」として生きる時、不当な苦しみや試練の中に置かれるという現実があります。これまでも「様々な試練の中で悲しまなければならない(1:6)」「悪人呼ばわりをされる(2:12)」といった、厳しい状況が語られてきました。
ペテロは3章8節において「最後に言います」と語りかけ、困難に直面するキリスト者の基本的な姿勢を5つの言葉で示しています。不当な扱いに耐え、どのように歩むべきか。そこには信仰者の品性が記されています。
1、「一つ思いになり」
イエス様が最後の祈り(ヨハネの福音書17章)で切に願われたのは、弟子たちが一つになることでした。それほど一致は難しく、同時に神の助けが必要なことなのです。
イエス様が最後の祈り(ヨハネの福音書17章)で切に願われたのは、弟子たちが一つになることでした。それほど一致は難しく、同時に神の助けが必要なことなのです。
2、「同情し合い」
苦しむ人の心に寄り添う共感の心を持つことです。
3、「兄弟愛を示し」
主にある兄弟姉妹を愛することは、私たちが死からいのちへ移った(救われた)証拠でもあります(Ⅰヨハネ3:14)。
4、「心の優しい人となり」
以前の訳では「あわれみ深く」とありました。愛、憐れみ、同情はキリストのご性質であり私たちの信仰の証しです。
5、「謙虚でありなさい」
自分を低くし、神に仕え、また隣人に仕える姿勢です。
ここで大切なのは、
ペテロが「みな」と呼びかけている点です。牧師やリーダー、熱心な信者だけでなく、すべてのキリスト者がこのように歩むよう召されています。自分の力でするのではありません。聖霊様が私たちの内に働いてくださる時、自分自身の頑なな思いに気づかせてくださいます。そうして謙遜を学び、他者への思いやり、そして兄弟姉妹との一致が生まれます。
私たちは、悪に対して悪を返すのではなく、逆に「祝福する」ために召されました。信仰によってこの召しに応えるとき、私たちは神が与えてくださる祝福を受け継ぐ者となるのです。


