「祝福を受け継ぐために②」ペテロの手紙第一 講解 第41回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.5.17)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 3章 10-12節

「いのちを愛し、幸せな日々を見ようと願う者は、舌に悪口(あっこう)を言わせず、唇に欺きを語らせるな。悪を離れて善を行い、平和を求め、それを追え。主の目は正しい人たちの上にあり、主の耳は彼らの叫びに傾けられる。しかし主の顔は、悪をなす者どもに敵対する。」

幸せを願う者が心に留めるべき3つのこと

 ペテロは詩篇(34:12-16)を引用して、いのちを愛し幸せな日々を願う者が心に留めるべきことを三つ挙げています。

第一に、「舌に悪口を言わせず、唇に欺きを語らせない」ことです。

他者の欠点に目がいき、指摘したくなることもあると思います。しかし、私たちは意識して舌を制御しなければなりません。ここでいう「欺き」とは、単なる嘘だけではなく、自分の過ちを隠して相手の非だけに注目し、自分を正当化しようとする自己中心的な心も含まれます。

第二に、「悪を離れて善を行い、平和を求め、それを追う」ことです。

平和は何もしない場所に自然に訪れるものではありません。積極的に悪を退け、神の御心にかなう善を選び取ること。平和を実現するために「追い求める」姿勢が大切です。

第三に、「主が御覧になっている」と意識することです。

主の目は正しい人の上に注がれ、その叫びに耳を傾けられます。しかし同時に、悪をなす者には敵対するお方でもあります。神がすべてを御覧になり、知っておられるという信頼によって、私たちは自分の力で報復しようとする思いから解放されるのです。それは祝福を祈る力となります。

 イエス様は「心に満ちていることを口が話す」(マタイ12:34)と言われました。舌を制御するとは、単に言葉を選ぶという表面的な選択ではなく、自分の内側にある「醜さ」や「高慢」と正直に向き合う霊的な作業です。私たちは自力で心を変えることはできませんが、心の内に隠している偽りをありのままに認め、ただ神の前に差し出すことはできます。自分の内にある悪意や高慢を、一つひとつ十字架につけて手放していく時、聖霊によって私たちの心はキリストのものとされ、そこから発せられる言葉もまた、身近な人たちを生かし、主のいのちと祝福に満ちたものへと変えられていくのです。