「義のために苦しむことがあっても②」ペテロの手紙第一 講解 第43回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.5.31)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 3章 14-16節

たとえ義のために苦しむことがあっても、あなたがたは幸いです。人々の脅かしを恐れたり、おびえたりしてはいけません。
むしろ、心の中でキリストを主とし、聖なる方としなさい。あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。
ただし、柔和な心で、恐れつつ、健全な良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの善良な生き方をののしっている人たちが、あなたがたを悪く言ったことを恥じるでしょう。

 苦しみの中で私たちはどのような態度をとるべきか。ペテロは14〜16節で3つの大切なキリスト者の心がまえを教えています。

1、恐れるな(14節後半)

第一に「恐れない」ことです。イエス様も「からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません」(マタイ10:28)と語られました。私たちの生と死を含め、すべてを支配されているのは人間ではなく神様です。神様は私たちの髪の毛の数さえも知っておられ、私たちを大切に思っておられます。本当に恐れ、信頼すべきは天の父であり、迫害する者ではないのです。

2、キリストを主とあがめなさい(15節前半)

第二に「心の中でキリストを主とし、聖なる方としなさい」とあります。すべての支配者である主を仰ぎ見ることです。パウロとシラスは不当に投獄された時、牢獄で主を賛美しました。その結果、看守の一家が救いへと導かれたのです(使徒16章)。最悪の状況でも主をあがめる時、神様の御業が始まります。

3、弁明の用意をしなさい(15節後半〜16節)

第三に、私たちの内にある希望について説明を求める人には「いつでも弁明できる用意をしていなさい」と命じられています。「なぜクリスチャンになったのか」と問われたら、あなたはどのように答えるでしょうか。
ペテロは弁明する時の心のあり方を教えます。「柔和な心で、恐れつつ、健全な良心をもって」語ることです。相手を見下したり、自分の知識で論破しようとしたりするのではありません。人を救いに導くのは私たちの説得力ではなく主ご自身だからです。私たちは自分を大きく見せることなく、自分の弱さや失敗も含めて正直に、謙遜に証しをしたいものです。なぜなら、その善良な生き方を通して、悪口を言っていた者たちも自らの態度を恥じるようになると、聖書は教えているからです。

苦難の中でも恐れることなく、キリストを主とあがめ、いつでも希望を語る備えをしていきましょう。