信望愛(Okazaki Hope Chapel Monthly Bulletin)2026年6月号より
「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」
ガラテヤ5:22-23
牧師たちの祈り会から始まった、今年のプレペンテコステの集会と日曜日の礼拝は、とてもスペシャルな時間になりました。そしてその祝福を受けて臨んだ台湾ペンテコステの集会も、大いに聖霊の喜びを味わう時となりました。今回、台湾ペンテコステの私のメッセージのテーマが「寛容」= 「Patience / Longsuffering」についてでした。聖霊さまが与えてくださる九つの実、それらの力はとてもパワフルなものです。そして、その性質はすべてイエスさまの性質であり、そこに本物の男らしさがあります。
みなさんは、聖霊さまが与える「寛容」を欲しいと願っていますか?
私たちは日々の生活の中で時々、「もう限界だ」「なんで分かってくれないんだ」「どうしてこんなに時間がかかるんだ」と、感じることがあります。私たちはいつも急ぎます。結果を求めて急ぎ、変化を求めて急ぎ、答えを求めて急ぎます。でも神さまは、私たちに対して、驚くほど忍耐深いお方です。驚くほどの愛を注いでくださいます。この「寛容」の愛は、原語では広さではなく、長さを強調した意味が含まれています。
聖書の言う寛容とは、ただ我慢することではありません。またその愛は、ただ甘やかすことでもありません。聖霊さまが与える寛容とは、愛する心を失わずに待つことが出来る力です。まだ見えないことを希望をもって待つことが出来る力です。
イエスさまこそ、最も寛容なお方でした。弟子たちが何度失敗してもチャンスを与え、イエスさまの言うことが分からなくても、何度も同じことを繰り返しても、イエスさまは彼らを見捨てませんでした。ペテロが失敗したときも、トマスが疑ったときも、イエスさまは彼らを愛しました。十字架の上でさえイエスさまは、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのか分かっていないのです。」と祈られました。これが本物の寛容です。
この世の男らしさは、「もっと早く」「もっと強く」「失敗するな」と言います。でも神の国では、寛容な者こそ、最も強い者です。本当に強い人は、怒りを爆発させません。人を見捨てません。相手の成長を待つことができます。自分のタイミングではなく、神さまの時を信頼します。私たちの中に、本物の寛容が与えられますように。教会に本物の寛容が回復しますように!
ハレルヤ。
牧師 佐藤耕二
日本語訳聖書は「聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会」を使用しています。


