岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.7.5)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 3章17-18節
苦難を通して善いものが生み出される
ペテロは17節で、イエス様ご自身が通られた苦難に焦点を当てます。それは、罪のないキリストでさえも、善を行ったキリストでさえも、大きな苦しみにあわれた事実を思い起こし、キリストの模範を心に留めなさいということです。そして、キリストの苦難が私たち罪人の救いというすばらしい結果をもたらしたように、苦難を通して善いものが生み出される現実があるのだと励まします。
快適な生活の先に
私たち人間は、ひたすら豊かで快適な生活、困難や苦しみ、面倒なことの少ない生活を追い求めてきました。 しかし、苦難や痛みを避けてきた結果、かえって痛みに弱くなり、小さな痛みでも我慢できないほど痛く感じるようになってしまいました。私たちは、苦しみを避けるのではなく、苦しみに向かって行く勇気と力を、神からいただくことができます。
私たちは、人生や生活の中で、面倒な問題が起こったり、病気が見つかったり、苦しみが生じたりすると、どうしても神から離れているような、見捨てられたように思ってしまいます。 しかしそれは間違いであることをしっかりと確認しておきましょう。キリストの苦難が人類の救いを実現したように、私たちが苦しみにあうことが、善いものを生み出すのです。
パウロはローマ人への手紙5章3、4節で「苦難さえも喜んでいます」と書いています。そして、こう続けて語ります。
キリストの苦難はとても苦しいものでしたが、それによって私たちが神のもとへと導かれました。同じように、私たちの試練や苦難も私たち自身が神を深く知る機会となります。そして、他の人が神に導かれるためにも用いられるのです。それがペテロが私たちに教えようとしていることではないでしょうか。
皆さんが苦難にあった時、どうかイエス様の苦難を思い起こすことができますように。イエス様の苦難が人類の救いを実現したように、私たちが苦しみにあうことが、善いものを生み出すのだと、神に信頼していきましょう。


