「地上での残された時を①〜キリストを模範として〜」ペテロの手紙第一 講解 第51回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.8.2)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 4章1-2節

1 キリストは肉において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。肉において苦しみを受けた人は、罪との関わりを断っているのです。
2 それは、あなたがたが地上での残された時を、もはや人間の欲望にではなく、神のみこころに生きるようになるためです。

私たちの模範となられた

 今週から4章に入ります。この手紙において、イエス・キリストについて強調されていることは、「私たちの身代わりになられた」こと。そしてもう一つ、「私たちの模範となられた」ことです。2章21節に、「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残された」とありました。
同じように、4章のはじめでは、「キリストは肉において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい」と言われています。 つまり、キリストの模範に倣うように、と勧めているのです。

 イエス・キリストは神の御子です。 本質として神であるお方が人として生きられたのですから、確かに私たちと違います。しかし私たちが知っておかなくてはいけないのは、キリストは「肉において苦しみを受けられた」ということです。
ヘブル人への手紙4章15節にはこのようにあります。

「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。」

 イエス様も私たちと同じ、生身の人間でした。 罪は犯さなかったけれども、その他の点では「肉」の弱さを持って人間として生きられたのです。
どうしてそこまでされたのでしょうか?それは、罪を犯し、神の栄光をあらわすことができなくなった私たち人間の姿を、神が創造のはじめからご計画された、本来の姿に回復させるため、私たちの身代わりとなって死ぬためでした。

日々新しくされる

「神のかたち」としての人間の姿、神のすばらしいご性質をあらわす人間の姿を私たちに示すために、神の御子が人となられ、受肉されたのです。それは、私たちクリスチャンがキリストのように変えられていくことを神が期待しておられるからです。

罪が赦され、新しいいのちをいただいたということは、その変化、神のかたちの回復のスタートラインに立ったということです。その後の私たちの人生は、キリストのかたちに変えられていく人生です。ですから今週も、私たちのすべてにおいて模範となられるお方に倣い、私たちの内なる人が日々新しくされるよう、神に求めていきましょう