証し – 私たちのライフスタイル

信望愛(Okazaki Hope Chapel Monthly Bulletin)2026年8月号より

「神の御子を信じる者は、その証しを自分のうちに持っています。…その証しとは、神が私たちに永遠のいのちを与えてくださったということ、そして、そのいのちが御子のうちにあるということです。」
ヨハネの手紙第一 5:10-11

みなさんは、「証し」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。「人前で話すこと」、「教会で自分の体験を語ること」、「立派なクリスチャンだけができるもの」、そう思う方もいるかもしれません。
しかし聖書は、「神の御子を信じる者は、その証しを自分のうちに持っています」と語ります。つまり証しは、特別な人のものだけではありません。イエスさまを信じた私たちすべての人が、すでに証しを持っているのです。証しとは、人前で話すことよりも先に、「イエスさまと共に生きる人生そのもの」が私たちの証しです。
だから証しは、私たちのライフスタイルなのです。

神さまは私たち一人ひとりに違う人生を与えてくださいました。育った家庭も違うし、経験も違う。失敗も違うし、涙も違う。だから証しも一人ひとり違います。同じ救いを受けても、神さまとの出会い方は一人として同じではありません。

私たちにはそれぞれに、イエスさまと出会う前の人生があり、イエスさまが必要だと気づいた時があり、救われて変えられた歩みがあります。それはまるで、神さまと私たちとのラブストーリーでもあります。神さまは私たちを探し、私たちを愛し、決して見捨てず、救いへと導いてくださいました。その物語が証しです。

証しをするとき、つい自分の経験ばかり話してしまうことがあります。しかし証しの主人公は私ではありません。イエスさまです。
聖書は言います。「そのいのちが御子のうちにある」。つまり、証しとは「私はこんな人間です」ではなく、「イエスさまはこんなお方です」という話なのです。「私は弱かった。私は迷っていた。私は傷ついていた。」そこで終わりではありません。そんな私にイエスさまが来てくださった!私を励まし、赦し、立ち上がらせ、新しい人生をくださった。そこに福音があります。

証しは自分を良く見せるためのものではありません。自分ではなく、いつもキリストを誇りましょう。私たちが語る証しには力があります。なぜなら、それは作り話ではなく、神さまが私たちの人生に実際にしてくださったことだからです。
ハレルヤ。

牧師 佐藤耕二

日本語訳聖書は「聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会」を使用しています。