「万物の終わりが近づいた① 〜内なるものを整える〜」ペテロの手紙第一 講解 第58回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.9.20)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 4章7-11節

7 万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。
8 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。
9 不平を言わないで、互いにもてなし合いなさい。
10 それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい。
11 語るのであれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕するのであれば、神が備えてくださる力によって、ふさわしく奉仕しなさい。すべてにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。この方に栄光と力が世々限りなくありますように。アーメン。

「終わりの時」とは、イエス・キリストが再び来られる時です。

しかし、その時はまだ来ないまま二千年が経ったことを私たちは知っています。この手紙を読んだ1世紀のクリスチャンは、実際にメシアが来られたのだから、主の再臨はすぐに来ると信じて待ち望みながら過ごしていました。

今の時代は本当に終わりの時代だと思います。戦争があり、不道徳な倫理観の中であらゆる罪がはびこっています。繁栄は偶像を産み出し、愛が冷えている時代です。
そして、歴史の中の時のしるしとして、1948年5月14日に建国されたイスラエルの復興があります。78年前の出来事です。西暦70年にローマによって滅ぼされたイスラエルは、その1878年後に再び国として建てられました。このように、現代の歴史の中にも神の定めの時を感じ取ることができます。

「ですから」とペテロは続けます。ただ「祈りなさい」ではなく、「祈りのために、心を整え身を慎みなさい」とは、祈る前の段階です。万物の終わりが近づいている今、私たちはどのような心がけで生活したら良いのでしょうか?ペテロはここで4つのことを勧めています。今週はその第1の勧めをみてみます。

①内なるものを整える(7節後半)

終わりが近づいた、「だから急ぎなさい」でもなく、「好きな事をして悔いのない人生を送りなさい」でもありません。「祈りのために、心を整え身を慎みなさい」と勧められているのです。

「何をするか」ではなく、神の前に心を静めること。ペテロは「祈りなさい」というのではなく、「祈りのために、心を整え身を慎みなさい」と、祈りの前提となる心の整いを勧めます。祈ろうと思ったその時に、まずは神に心を向けて「神がここにおられる」こと、神の臨在を覚えましょう。そこからすべてが始まります。