岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.10.04)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 4章7-11節
8 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。
9 不平を言わないで、互いにもてなし合いなさい。
10 それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい。
11 語るのであれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕するのであれば、神が備えてくださる力によって、ふさわしく奉仕しなさい。すべてにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。この方に栄光と力が世々限りなくありますように。アーメン。
「不平を言わないで、互いにもてなし合いなさい。」(9節)
終わりの時が近づいている今、ペテロは①心を整える、②愛し合う、に続き、3つめの勧めとして「互いにもてなし合う」ことを語っています。
初代教会の時代、迫害や孤立のなかにある兄弟姉妹や、巡回伝道者を自宅に迎え入れる「もてなし」は、教会を支える欠かせない愛の奉仕でした。現代の私たちにとっても、心を開いて互いを迎え入れるもてなしは大切な神への奉仕です。
しかし、自分の時間やエネルギー、お金を使って仕えるもてなしは、本質的に自己犠牲を伴います。そのため、相手からの感謝や理解が得られないと、「私がこれだけ苦労しているのに」と心に不平や不満を持ちやすくなります。聖書が「不平を言わないで」とあえて書き添えているのは、奉仕において人間がいかに不満を抱きやすいかを神様がよく知っておられたからです。
奉仕の最中に不平が出るかどうかは、自分の心がどこに繋がっているかを点検する手がかりとなります。「自分」が主語になると自分の力を削って差し出している感覚になり、心が枯渇してしまい、不平へとつながります。一方、本来のもてなしは「神の恵み」が主語です。「まず神から豊かな愛ともてなしをいただいたから、その溢れる恵みをお裾分けする」という思いで行うとき、不平や不満を抱くことはなくなります。
大切なのは「双方向の愛の循環」
最後に、大切なこととして覚えておきたいのは、このもてなしは一方通行の労働ではなく、「互いに」弱さを補い合い感謝し合う「双方向の愛の循環」であるということです。「自分も誰かを助けるが、同時に誰かに助けられている」という謙遜さに立つとき、真の奉仕が成り立ちます。自分の力ではなく、神が備えてくださる豊かな恵みと愛に支えられて、互いに心地よく仕え合っていきましょう。

