「互いに愛し合う③」ペテロの手紙第一 講解 第15回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2025.11.9)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 1章 23-25節

23「あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく朽ちない種からであり、生きた、いつまでも残る、神のことばによるのです。」

私たちが新しく生まれたのは「朽ちない種から」です。

その「朽ちない種」とは、「生きた、いつまでも残る、神のことばによる」のです。種が地に蒔かれると、やがて芽を出し実を結びます。同じように、永遠に変わることのない神のことばは私たちの内に働いて、新しいいのちを与えます。私達は、この神の言葉によって新しくされたのです。

この神の言葉がどれだけ確かなものであるかの説明として、いつまでも残る神のことばと、人間のはかない栄光を対比させて、ペテロは24節、25節を語りました。

24「人はみな草のよう。その栄えはみな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。25しかし、主のことばは永遠に立つ」とあるからです。これが、あなたがたに福音として宣べ伝えられたことばです。

 この聖句は、イザヤ書40章6〜8節の引用です。イザヤ39章には、ユダ王国が滅亡し人々がバビロンに連れて行かれる「バビロン捕囚」の預言が語られています。続く40章では、その捕囚からの解放が預言されています。当時のイスラエルにとって、バビロンは繁栄の極みにありました。富だけでなく、その繁栄も軍事力も圧倒的でした。しかしイザヤは、どんなに華やかでも、人間が作り出すものはしおれていく草だと言いました。散っていく花に過ぎないと。それと対比するように、神の民は、どんなに貧しく無力でみじめであっても、朽ちることのない神のことばに頼るならば、決して消えることはなく、永遠に立つのだと、イザヤが預言した旧約聖書の言葉を、ペテロは引用し福音として語りました。

互いに愛し合う

実際に、イザヤが語った時のバビロンの繁栄は今現在どこにあるのでしょうか。ペテロがこの手紙を書いていた時代のローマ帝国の繁栄は今はもうないのです。それに対して、イエスキリストを信じ神のことばに信頼する人は世界中にいます。朽ちることなく、永遠に立つ主のことばによって新しくされた人々は、なんと幸いなことでしょうか。

この幸いを得ている者として、私たちは互いに愛し合うことができるのです。自分自身には「愛がない」と嘆きつつも、愛である神から「人を愛する力」をいただいて、「互いに愛し合う」ことを求めていきましょう。