信望愛(Okazaki Hope Chapel Monthly Bulletin)2026年4月号より
「しかし主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである』と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」
コリント人への手紙 第二12:9
私たちは皆、弱さを持っています。人より自分が劣っているように感じたり、自分の持っているものに物足りなさを感じたり。。。
そして通常、私たちはその弱さを隠そうとします。弱さを認める代わりに、言い訳をしたり、自己弁護をします。誰も、「自分の弱さを使おう!」なんて考えもしません。
しかしこのみことばを読むと、神さまの視点は違います。神さまは、あなたのその弱さを使いたい、用いたいと願っておられます。聖書に出てくる主の器たちも皆、そのような者でした。
モーセは、語ることが苦手でした。また気の短い性格でもありました。それゆえ、エジプト人を殺してしまったり、神さまが刻まれた十戒の板を叩き割ってしまったり、一度と言われたのに二度、杖で岩を打ってしまいます。しかし神さまは、そんなモーセを用いられました。
神さまの好意を受けていたヨセフだって、いつも自慢ばかりして、人の気持ちを考えられないところがありました。だからお兄さんたちに嫌われ、売られてしまいます。しかし神さまは、そんなヨセフを用いてヤコブの家族を守られました。
ギデオンだって自分のセルフイメージが低すぎて、いつも隠れていました。出来ないことの理由をあげれば天下一品の言い分を持っていました。しかし神さまは、そんなギデオンを勇士として選び、圧倒的な勝利者とされました。
アブラハムだって、エリヤだって、ダビデだって弱さを持っていました。それでも神さまは、彼らの弱さを用いて強さに変えてくださいました。
私たちにも同じです!弱い者を選んで用いられるのが、神さまの栄光です。弱さを認め、主の強さを誇る者でありましょう。弱さのうちに働かれる主に栄光を帰す者でありましょう。
ハレルヤ!
牧師 佐藤耕二
日本語訳聖書は「聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会」を使用しています。

