岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.4.5)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 18-23節
18しもべたちよ、敬意を込めて主人に従いなさい。善良で優しい主人だけでなく、意地悪な主人にも従いなさい。
19もしだれかが不当な苦しみを受けながら、神の御前における良心のゆえに悲しみに耐えるなら、それは神に喜ばれることです。
20罪を犯して打ちたたかれ、それを耐え忍んでも、何の誉れになるでしょう。しかし、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、それは神の御前に喜ばれることです。
21このためにこそ、あなたがたは召されました。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残された。
22キリストは罪を犯したことがなく、その口には欺きもなかった。
23ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、脅すことをせず、正しくさばかれる方にお任せになった。
19もしだれかが不当な苦しみを受けながら、神の御前における良心のゆえに悲しみに耐えるなら、それは神に喜ばれることです。
20罪を犯して打ちたたかれ、それを耐え忍んでも、何の誉れになるでしょう。しかし、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、それは神の御前に喜ばれることです。
21このためにこそ、あなたがたは召されました。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残された。
22キリストは罪を犯したことがなく、その口には欺きもなかった。
23ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、脅すことをせず、正しくさばかれる方にお任せになった。
善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶ姿は一見すると
消極的に映るかもしれません。しかし、キリストによって新しい世界観を与えられた者は、独自の価値観を持って歩むよう招かれています。生き方が変えられたクリスチャンが大切にすべきことをまとめます。
1. 神の正義に信頼する
かつての社会では、主人の理不尽な振る舞いも「正当」と見なされ、弱者が受ける苦しみに「不当」という概念すら存在しませんでした。しかし神を知る者は、世の常識ではなく神の視点で物事を捉えます。今受けている仕打ちが「不当な苦しみ」であり、そこには裁かれるべき悪が存在することを知っています。すべてを公正に裁かれる神の正義が必ず行われることを覚え、信頼を置くことが大切です。
2. 善をもって悪に打ち勝つ
恨みや報復は連鎖を生むだけで、事態を好転させません。すべてをご存じの神が働いてくださることを祈りつつ、自らは善を行い続けるのが神を知る者の態度です。これは不当な要求に決して抗議しないという意味ではありません。社会的な正義を求めることは必要です。しかし私たちは、個人的な復讐心に囚われず、善をもって悪を覆っていくことができるのです。
3. イエス様の模範を心にとめる
神でありながら人となり、十字架の死に至るまで従順であったイエス・キリストこそが、私たちの手本です。主はご自分を苦しめる者に仕返しをせず、死に打ち勝って復活されました。その復活の主こそ、私たちの人生を、世界を変えられたお方です。私達がキリストに従う時、この罪に満ちた世界を変える「影響力」として、小さな状況を動かしていく力を、神はすでに与えてくださっています。

