岡崎ホープチャペル発行の週報(2025.5.4)より
聖書箇所:列王記 第二 2章 15~25節
①使命のために前を向く
エリヤが天に上げられるとき、それを間近で見たのはエリシャだけです。預言者仲間たちは、ヨルダン川の反対側で遠くからその光景をぼんやり眺めていたのでしょう。彼らにはエリヤが天に上ったことに対する確信がないので、エリヤを捜し回ります。
列王記 第二 2章16節
彼らは人間的な情に縛られ、どうしてもエリヤを捜したいと懇願します。それほど師匠に執着していた様子が伺えます。エリシャもエリヤを「我が父」と慕うほど愛していましたが、エリヤが去ったことを受け入れ、任された使命のために前を向いて進みます。私たちの人生にも似たようなことは起こります。ここで覚えたいことは、エリヤはエリシャだけではなく、すべての仲間たちにも使命を残していかれたということです。同じように、私たちもイエスさまの使命のために絶えず前を向く必要があります。
②死の水をいのちの水へ変えられる
エリコは以前、城壁に囲まれた要塞都市でした。それがモーセの後継者ヨシュアによって、のろわれた町となりました(ヨシュア記6:26)。それ以来エリコの町は水質が悪く、土地が不毛で作物がよく育たない、そして流産が多い町となります。しかし、ここでエリヤの後継者エリシャによって、エリコに回復といのちが与えられていきます。死の水をいのちの水へと変えられる、これこそthe gospelですね!
列王記 第二 2章21節
エリヤの外套持ちだった、ひとりの青年を主の働き人へと召し出されていきます。ヨシュアによるエリコののろいを、神さまはエリシャを通して解放されました。どちらも、神さまの御心であり、神さまのことばによって成されました。私たちも、その時その時の神さまのことばに従順する者でありましょう。