「愛における成長①」ペテロの手紙第一 講解 第16回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2025.11.16)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 1-3節

1 ですからあなたがたは、すべての悪意、すべての偽り、偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、
2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。
3あなたがたは、主がいつくしみ深い方であることを、確かに味わいました。

私たちクリスチャンは罪赦され、神から新しいいのちをいただきましたが、

それで終わりではありません。 1章の後半から、2章前半にかけて(1:13〜2:10)、救われた結果どのような歩みをするのかが語られています。 第一に「きよい生活」、第二は「神を恐れる生活」、そして第三が「兄弟を愛する生活」、そして今回からは第四「愛における成長」がテーマです。

2章1節の冒頭でペテロは、「ですから」と書いています。1章の終わりで語られていた「神のことば」という「朽ちない 種」(1:23)である御言葉により、霊的に新しく生まれたのですから、 それは必ず育ち、 新しいいのちが成長していくのです。
では、霊的な成長には何が必要なのでしょうか?それは、「捨てる」ことと、「求める」ことだとペテロは教えます。

成長に必要なことは、第一に「捨てる」ことです。

「ですからあなたがたは、すべての悪意、 すべての偽り、偽善やねたみ、すべての悪口(あっこう)を捨てて」とあります(1節)。私たちの内にはいまだ罪深い自己中心的な自分が存在しています。聖書はそれを「肉」と呼んでいます。私たちの心の中にこの「肉」があり、それを捨てるようにとペテロは勧めているのです。
 
「捨てる」ためにはまず、自分の内にある問題から目をそらさないこと。イエス様のように、理想的な自分であろうと振る舞うことではなく、むしろ程遠い自分を積極的に神の前に告白していく。それがすべての悪意、偽り、偽善やねたみ悪口を「捨てる」ということなのです。

もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。
ヨハネの手紙 第一 1章9節

私達ができるのは「告白する」こと。不義からきよめてくださるのは神です。「自分の罪を告白する」ことの繰り返しによって、きよめられ、成長し、イエス・キリストに似た者に変えられていくのです。