岡崎ホープチャペル発行の週報(2025.11.23)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 1-3節
2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。
3あなたがたは、主がいつくしみ深い方であることを、確かに味わいました。
求めるとは「霊の乳を慕い求める」こと
先週は、成長に必要な条件として第一に「捨てる」ということを見てきました。成長するとは、「捨てる」とこです。それは、理想の私、イエス様のようであろうと振る舞うことではなく、むしろ程遠い自分を認めて神の前に告白していく。それがすべての悪意、偽り、偽善やねたみ悪口を「捨てる」ということです。今週は、次に成長に必要な2つめの条件として、「求める」ことを見ていきます。求めるとは、「霊の乳を慕い求める」ことです。
生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求めなさい
生まれたばかりの赤ちゃんは、お乳がなければ生きていけません。同じように私たちも、霊の乳を求めていくことが成長の鍵です。 クリスチャン生活を何年、何十年と続けていると、聖書もある程度理解しているし、「私は大丈夫」と思ってしまう危険性があります。
しかし現実は違います。 どれほど長くクリスチャン生活を続けていても、「もう充分」ということにはなりません。
長く教会生活を続けている人が何かのきっかけで、自分の中に神に反した思いや動機があることに気づく事もあると思います。だからこそ、「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求め」なければならないのです。
「みことばを慕い求めなさい」とありますが、ここは命令形で書かれています。そしてアオリストという時制で、主体的・自発的な意味合いの強い命令形になっています。ですから、この慕い求める行為には、私たちが自ら、積極的にみことばを欲しがっていくようにと、ペテロは命令形として強く勧めているのです。なぜなら、それによって救いを得る、つまり神を知ることができるからです。神を知るとは、永遠のいのちそのものなのです。
今週も、皆さんおひとりおひとりが、神がくださるいのちのみことばを慕い求めて、生ける神をさらに知ることができますように。


