神さまに喜ばれる信仰

信望愛(Okazaki Hope Chapel Monthly Bulletin)2021年7月号より

「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。」
へブル人への手紙 11章6節

私たちは、神さまの喜びのゆえに造られました。神さまは私たちの存在を喜んでおられます。もし私たちがそのことを知らず、私たちの造られた目的を知らずに生きているなら、神さまは悲しまれます。神さまの歓喜から離れることが罪であるとも言えます。

【お題】何が神さまを微笑ませるのか? あなたが子どもから受ける喜びとは何でしょうか?

1.私たちが何よりも神さまの愛を知るとき、神さまは喜ばれる。
私たちが神さまの愛を知り、受け取り、その愛の中で喜ぶとき、神さまは微笑まれます。それが、神の子どもとして私たちのささげるワーシップです。イエスさまも言われます。『わたしが喜びとするのは真実の愛。いけにえではない』(マタイ9:13)

2.私たちが心から神さまに信頼する時、神さまは喜ばれる。
心から神さまを信頼するということは、自分の人生の最善を一番知っているのは神さまであると信じて歩むことです。
クリスチャンになっても、人生には様々なことが起こります。神さまの愛を疑いたくなることがあります。でもその時こそ神さまをほめたたえる信仰が試されます。「私はあらゆる時に主をほめたたえる。」(詩篇34:1) 主はあらゆる時に良いお方!それが信頼であり、賛美です。

3.私たちが心から神さまに従う時、神さまは喜ばれる。
神さまを信頼するとき、私たちの従順が試されます。ノアは神さまの心にかなっていました。世界中が堕落した時代にあっても、ノアは神さまの喜びでありました。それは彼が心から神さまに従う者だったからです。(ヘブル11:7)
ノアは雨も洪水も見たことがありませんでした。だけど彼は神さまの言われた通りに行動します。神さまの指示通りに、箱舟の寸法、形、材料に至るまで、どんな小さなことも。神さまの望まれる方法で、望まれる時にそうしたのです。それが従順です。

神さまがあなたに何かをするように言われる時、神さまは理由や結果を、あなたにあらかじめ知らせる必要はありません。知らせても、あなたが理解して従うとは限りません。かえって従えないかも知れませんね。従順とは、従うことによって神さまの計画を知り、体験していくことでもあります。その従順を神さまは喜ばれるのです。
ハレルヤ!

牧師 佐藤耕二

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