我慢ではなく、忍耐すること

信望愛(Okazaki Hope Chapel Monthly Bulletin)2025年9月号より

「あなたがたが知っているとおり、信仰が試されると忍耐が生まれます。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは何一つ欠けたところのない、成熟した、完全な者となります。」
ヤコブの手紙 1:3~4

聖書では、我慢することではなく、忍耐することを勧めています。私たちは日々さまざまな困難に直面します。理不尽なこと、不安、痛み、答えの見えない問題――そんなとき、つい「我慢」してしまうものです。つまり、感情を押し殺して、ただ耐えようとします。でも、聖書はこう言います。
「信仰がためされると忍耐が生じる」、そして「その忍耐を完全に働かせなさい」と。

ここで語られている「忍耐」は、ただの「我慢」ではありません。「我慢」は、心の中でうずまく怒りや不満を、爆発させずに押しとどめる一時的な行為です。自分の嫌なことを耐えるために、感情や欲望を抑えて待つことです。しかし「忍耐」は違います。忍耐とは、ある目的を達成するために物事をやり続けて待つことです。それは信仰によって、神さまの計画を信じて、目の前の困難を希望をもって乗り越えていく力のことです。

「我慢」は心を閉ざしますが、「忍耐」は心を開きます。そして信仰を与えてくれます。神さまに信頼することを選ぶとき、苦しみの中でも忍耐する力が与えられます。そして、その「忍耐を完全に働かせなさい」とヤコブは言うのです。その忍耐を通して、私たちが「何一つ欠けたところのない、完全な者」となるためなのです。パウロはそのことを、「神の愛が注がれた者」と表現しています。
「忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」ローマ人への手紙 5:4~5

ですから愛する皆さん、ただ感情をこらえる「我慢」で終わるのではなく、神さまを信じて進み続ける「忍耐」を選びましょう。神さまは、あなたの忍耐を見ておられ、確かにあなたを造り変えてくださいます。ハレルヤ!

牧師 佐藤耕二

日本語訳聖書は「聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会」を使用しています。