「神の民として③」ペテロの手紙第一 講解 第24回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2026.1.18)より
聖書箇所:ペテロの手紙 第一 2章 9-10節

9 しかし、あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です。それは、あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった方の栄誉を、あなたがたが告げ知らせるためです。
10 あなたがたは以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、あわれみを受けたことがなかったのに、今はあわれみを受けています。

私たちは共に礼拝をささげ、互いに支え合い愛し合う、神の民として歩んで行きます。

それは私たちを「闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった」神のすばらしい御わざです。人と人がバラバラになり、争いったり傷つけ合う世界にあって、私たちが神の民として共に生きる姿は、何ものにもまさって、神の「栄誉」を証しするものとなります。そのようにして神のすばらしさを告げ知らせる使命が、私たちに与えられています。そしてこれは、あわれみを受けた神の民の使命であり、特権なのです。

ヨハネの手紙第一 3章1節でヨハネがこのように記しています。

「私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったかを考えなさい。事実、私たちは神の子どもです。」

私たちが今ここにいるのは、決して当たり前のことではありません。御父が与えてくださった、十字架という素晴らしい愛を、私たちはキリストを通して受けています。しかし、 同じ救い主が知らされていながら、つまずく人たち、それを拒む人たちもいるのもまた事実です。そのような人たちがいる中で私たちが救われているのは、ただ神のあわれみのゆえであることを私たちは考える必要があります。

私たちは一人ひとり主によって信仰に導かれてきました。

そして神の民として選ばれ、いのちを与えられ、霊の家、教会として築き上げられて成長していきます。 バラバラではなく、神の民として互いに支え合って生きるのです。 神の民として互いに愛をもって仕え合うとき神の栄光は現され、 神の愛が証しされます。そのことを心に留めて、教会に集う方々とともに生きる幸いを、キリストにあって体験させていただきましょう。