「聖さを保つ教会」使徒の働き 学び第9回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2020.06.28)より
聖書箇所:使徒の働き 5章1節~11節

「ところが、アナニヤという人は、妻のサッピラとともに土地を売り、妻も承知の上で、代金の一部を自分のために取っておき、一部だけを持ってきて、使徒たちの足もとに置いた。」使徒の働き 5章1節-2節

教会の最大の危機は、財政的なことや、信徒の減少、牧師がいないという事ではありません。
教会の最大の危機は、神さまに対する聖さが損なわれることであります。暴風の中でも船が沈まないためには、絶えず船の中に入ってくる水を汲み出さなければなりません。同じように、世の悪い影響が教会に浸透しないように聖さを保つことは、教会の生命線であります。

ここの聖書箇所を読むとき、これはどういうことなのかな。これは厳しすぎるのではないか。それなら、私も裁かれてしまうのではないかとビクビクしてしまいそうな箇所ですね。その事について二つの点で考えてみましょう。

①アナニヤとサッピラの罪

生まれつき足なえの人の奇蹟を通してペテロたちは迫害を受けますが、これを機に彼らは聖霊に満たされて大胆にイエス・キリストの福音を宣べ伝えます。それにより多くの人々が救われ、教会が急成長していきます。そして聖徒たちは、お互いにすべてのものを分け与え、愛の交わりの中で神の家族として整えられていきます。バルナバもその一人で、慰めの心をもってすべてを捧げ、皆からも信頼されていました。
ところが。。。アナニヤとサッピラも同じように自分の地所を売り、捧げるために使徒たちの足もとに置きます。それ自体はとても良いことですが、その動機が間違っていたのです。彼らの心の内にあったのは、物欲と名誉欲の2つの願望を満たそうとしていることでした。そのことをペテロは「サタンに心を奪われて聖霊を欺き」と言うのです。二人は、まず使徒たちに偽りを語り、みんなを騙そうとしました。ペテロが言うように、そのお金は二人の自由にすればいいし、一部を捧げてもよかったのです。この「欺き」という言葉の原語は、「隠す」とか「着服する」「盗む」という意味であります。彼らは、ペテロたちを騙そうとしましたが、それは聖霊を欺き、また神さまをも欺く行為でした。そしてそれは教会の仲間たちも欺くことになるのです。アナニヤとサッピラは、そのことを二人で共謀し、「心を合わせて、主の御霊を試みた。」のです。

②アナニヤとサッピラの救い

では彼らは裁かれ、地獄に行くことになったのでしょうか?それはありえないと信じます。アナニヤとサッピラは救われていたでしょう。教会に属しており、色々な弱さはあったかもしれませんが、イエスさまを信じて救われていたと信じます。そうなら、その救いは変わりません。罪によって救い自体を失うことはありえません。これは重要な真理です。救いに関しては、私たちの努力や行いは全く権限はないのです。救いはただ、神さまの恵みと信仰によるのです。ハレルヤ!

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