「あわれみ深い者は幸いです」幸福な人生の条件 その5

岡崎ホープチャペル発行の週報(2020.03.08)より
聖書箇所:マタイの福音書 5章7節

「あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。」

幸いな人生の第五番目の条件は、「あわれみ深い」ことです。みなさん、「あわれみ」という言葉を聞くとどのようなイメージがあるでしょうか?辞書で引いてみると、同情とか慈悲ということばが出てきます。「同情する人は幸せです。その人は同情を受けるから。。。」みなさん、同情を受けたら幸せでしょうか?まぁ攻撃を受けるよりは、同情された方がうれしいときもあります。

聖書で言う「あわれみ」とは、この世が与えるイメージとは少し違います。聖書の価値観でいう「あわれみ」とは、一つに「共に苦しむこと」を意味しています。実際にともに苦しみを共有し、ともに悲しみ、共に重荷を負うということ。「あわれみ」とは、思うだけでもなく、ことばだけでもなく、具体的な行動が伴う「愛」をもって共に寄り添うことを意味します。

みなさん、どうでしょうか?共に苦しみを分かち合えて、共に重荷を負い合う仲間がいるって、どれほどかけがえのない存在でしょうか。どんな問題が起こっても、一緒に居てくれて、時間を共有してくれて、支えてくれる。そんな存在の方がひとりでも居てくれたら、どれほど心強いでしょうか?

私たちは、イエスさまを信じて救いを受けたことも驚くばかりの恵みですが、そのイエスさまがいつも共にいてくださる。それを実感することができることほど幸せなことはありませんね。イエスさまは、僕の最高の友だちです。私が弱いとき、悩みの中にいるとき、イエスさまも共に悲しみ、苦しみを理解してくださり、重荷を負ってくださる。これが「あわれみ」です。

僕にとって神の家族、教会はかけがえのない存在です。イエスさまの救いを共に喜び、共に集まり、神さまをワーシップし、さまざまな困難の中でも共に苦しみを分かち合い、祈り合える神の家族の交わりは、信仰者にとって最高の励ましですね。ひとりで静まり、祈ることも喜びですが、共に祈り信仰を励まし合う神の家族の交わりは最高です。共に「あわれみ」を受けた者として、実際に「愛」を現す者でありましょう!

「この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」
彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」ルカの福音書 10章36~37節

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