「私たちにある資格」ルカの黙想:学び第11回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2023.4.23)より
聖書箇所:ルカの福音書 7章1節〜10節

今日の箇所のテーマは「イエスさまが感動した信仰」です。

「ですから、私自身があなた様のもとに伺うのも、ふさわしいとは思いませんでした。ただ、おことばを下さい。そうして私のしもべを癒やしてください。」
ルカの福音書 7章 7節

その信仰を現したのは、異邦人であり、100人の兵士をまとめる小部隊のローマの将校です。当時、ユダヤを統治していたローマの役人の多くはユダヤ人を圧迫して苦しめていました。ユダヤ人は、その圧政からの解放を求めていました。だから、この百人隊長がユダヤ人の長老たちから尊敬され、彼のためにイエスさまのもとへ頼みに行くのは、極めて異例で、稀なことでした。

百人隊長から遣わされたしもべや長老たちが、彼のために「熱心に」イエスさまに懇願した理由は「この人は、そうしていただく資格がある人です。」と思っていたからです。私たちにとって特別な存在、大切な存在なんだと思われていました。それは、彼が異邦人でありながら、イスラエルを愛し、イスラエルを祝福した人だったからです。彼はほんとうの意味での「権威」を持っていました。ローマ政府からの信頼も、ユダヤ人からの信頼も得ていました。権威と権力、その与えられた権力を正しく使うことができる人でした。

「ただ、おことばを下さい」

しかし百人隊長は、多くの人々からは資格があると認められているのに、イエスさまの前で「私にはそんな資格はありません。」「ふさわしいとは思いません」と伝えます。この百人隊長は、自分の資格、与えられている身分が恵みであることを知っていました。だから誰の前でも、謙遜な心を持っていました。そして伝えます。「ただ、おことばを下さい。そうして私のしもべを癒やしてください。」

イエスさまは百人隊長の信仰に驚きます。イエスさまが感動したのは彼のある「ひとこと」です。

「ただ、おことばを下さい」

百人隊長は自分が置かれている経験から、権威をもった方のことばには力があることを知っていました。それゆえ、イエスさまに対して「ただ、おことばを」と嘆願しているのです。原文ではこの「おことば(ロゴス)」は単数形で記されているため「ただ、ひとこと(だけ)ください」と言うのです。イエスさまのみことばさえあれば、大丈夫。そのひとことで癒されると疑いなく信じたのです。私たちはどうでしょうか?みことばをください!あなたのみことばだけで十分です!と告白できる信仰を求めようではありませんか。本当の権威はみことばにあります。ハレルヤ!

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