愛によって働く信仰 ガラテヤ書10

信望愛(Okazaki Hope Chapel Monthly Bulletin)2023年11月号より

「キリスト・イエスにあって大事なのは、割礼を受ける受けないではなく、愛によって働く信仰なのです。」
ガラテヤ5:6

イエスさまによってもらっている自由、味わっていますか?この自由は、誰かと争うため、自己主張するためにあるものではなく互いに仕えあい、愛し合うためにあります。より深く体験する道に導かれていきますように。

パウロは5章に入ると、ガラテヤにいるクリスチャンたちに向けて、自由の中に置かれているのにも関わらず、自由じゃないかのように生きていることに対して続けて訴えています。十字架を信じる信仰によってのみ救われるというのに、割礼を受けなければならないという縛りの中に自分たちを置き続けていることを指摘しているのです。

「キリスト・イエスにあって」いるのであれば、すなわちイエスさまを救い主と信じたんだったら、大事なのは、影響を受けるべきは今までの価値観や考え方ではないよね、と伝えています。

ローマ7:6 「しかし今は、私たちは自分を縛っていた律法に死んだので、律法から解かれました。その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。」
割礼という古い約束ではなく、新しい約束であるイエスさまが、与えてくださっている愛が原動力で生きるのがクリスチャンだというのです。

「愛によって働く信仰」 と聞くと、信仰が増していくためにとか、信仰が強められている時は愛に満たされているからだと思いがちです。しかし「働く信仰」に注目するのではなく、「愛によって」という天の父がもっている愛に目をとめましょう。そしてこの愛こそ縛っていたものからの解放を得させてくださったではないかとパウロは言っているのです。
1ヨハネ5:3 「神の命令を守ること、それが、神を愛することです。神の命令は重荷とはなりません。」 神さまへの愛、イエスさまの持っている愛が根拠となっている時、私たちは本当の立場を思い出し、そこにとどまることになります。さらにキリストにあって自由を知っていきましょう。

伝道師 深谷さおり

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする