「ラザロの復活。その② よみがえりといのち」七つのしるし 学び第10回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2022.1.16)より
聖書箇所:ヨハネの福音書 11章25節~26節

イエスは彼女に言われた。「①わたしはよみがえりです。②いのちです。①わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、②生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。あなたは、このことを信じますか。」

多くの人たちは「見えない人の目を開けたこの方も、ラザロが死なないようにすることはできなかったのか」と、涙を流されたイエスさまに対して冷淡にも振る舞います。しかし、イエスさまはマルタを選び、彼女の信仰を呼び覚ませます。マルタはこのとき、イエスさまが遅く来られたことが残念で仕方ありませんでしたが、ここで驚くべき信仰を告白します。

「イエスさま、あなたが父にお求めになることは何でも、父があなたにお与えになることを、私は今でも知っています!」と!

その信仰は完全なものではありませんでしたが、マルタが今できる精一杯の信仰告白をします。イエスさまは、ここでラザロの復活を伝えますが、マルタは「終わりの日のよみがえり」のことだと理解しています。そのマルタに対してイエスさまは、重要な2つのことを示します。それは、「わたしはよみがえりです。」ということと、「わたしはいのちです。」ということを区別して教えられました。

①「わたしはよみがえりです」との説明について

イエスさまは「わたしを信じる者は死んでも生きる」と言われます。これは肉体的な復活のことを言っています。肉体的な復活、よみがえりです。

②「わたしはいのちです」との説明について

イエスさまは、「生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません」と言われます。これは霊的ないのちのことです。「永遠のいのち」です。

善悪の知識の木から取って食べた時、「人は必ず死ぬ」と言われました。

これは、霊的死のことと、肉体的死のことです。神さまとの関係が壊れると霊的死は瞬時に訪れましたが、肉体的な死は徐々にやってきました。アダムの堕落以来、全人類は「2つの死」を経験する存在となりました。この「2つの死」の問題を完全に解決してくださるのが、イエスさまだけです。

②いのちであるイエスさまを信じた瞬間、私たちは霊的に復活します。そしてそのいのちは永遠に続きます。あなたは霊的に「決して死ぬことはない」というのです!
①そして終わりの日に、やがて私たちは肉体の復活をも経験することになります。「わたしを信じる者は死んでも生きるのです」。イエスさまを信じる者は、やがて眠りから覚めて、ラッパの号令とともに朽ちることのない体が与えられます!

「あなたは、このことを信じますか?」

彼女はイエスに言った。「はい、主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストであると信じております。」

ハレルヤ!

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