「成熟のための試練」雅歌の学び 第12回

岡崎ホープチャペル発行の週報(2019.12.01)より
雅歌の学び 第12回
聖書箇所:雅歌 5章2節~9節

「私が、愛する方のために戸をあけると、愛する方は、背を向けて去って行きました。あの方のことばで、私は気を失いました。私が捜しても、あの方は見あたりませんでした。私が呼んでも、答えはありませんでした。」5章6節

花嫁には、大きな試練が2回訪れます。

①1度目の試練。
「私は、夜、床についても、私の愛している人を捜していました。私が捜しても、あの方は見あたりませんでした。」3章1節
この時花嫁は「私の愛する方は私のもの。私はあの方のもの。」と告白しながらも、主の呼びかけに、立って出て行くことができなかった。
そして夜、幻の中で、主の臨在が取り去られて行くように感じる。
御顔を隠されているように思える。
これが第1の試練でした。
しかし花嫁は目覚めます。
「さあ、起きて、私の愛する人を探して来よう!」目覚めた花嫁は、この臨在を取り戻します。
そして、もう離さない!しっかり握りしめている様子が見て取れます。
今まで分からなかった、新しい主との関係を取り戻していくかのようです。

②2度目の試練。
2節。ここでの花嫁は、花婿との愛の関係の中で憩い、安心して眠りについています。
神さまと深い関係にあるのです。
「私は眠っているが、心はさめている」とは、安息の中で何も考えずに眠りにふけっているわけではではありません。
外なる人は休んでいるようでも、内なる人は常に活動している様子です。
冷静な理解力、洞察、知性や意志がある状態です。
そのような状態の中で花婿が突然訪れ、声をかけるのです。
3節。着物も脱いで、足も洗い、リラックスしている時、突然!夜のしずくでびしょびしょになっている花婿が、自分の状態を訴えながら戸をたたき、戸を開けるようにと花嫁に訴えかけるのです。
4節。花嫁は戸惑い、すぐには出て行けませんでした。
すると花婿は戸のかんぬきをはずそうと、戸の穴から手を差し入れます。
5節。そのとき花嫁の心(はらわた)はただならぬものを感じ、すぐさま起きて戸を開けに行きます。
しかし花婿の姿はもうそこにはありませんでした。
6節「愛する方は、背を向けて去って行きました。」
これが2度目の試練です。
今回は、花嫁に何か問題があるわけではなかった。
この試練は成熟した花嫁に対しての最終的な試練、最終試験でした。
それは信仰者が歩む道ですね。
私たちの信仰生活の中でも、同じように何故っ!と思うような事が起こります。
でもあなたはイエスさまの声を聞いて従います。
なぜなら、これまでも幾度となく試練を通ってきましたが、それ以上に神さまの恩寵も経験してきたからです。
もし今、試練の道を通っておられる方がおられるなら、その物語は他の人には体験できない物語であり、あなたとイエスさまだけのラブストーリーです。
そのストーリーは理屈ではなく、必ずあなたとイエスさまとの愛の関係を建てあげるのです。
あなたがキリストの花嫁として成熟するために。。。ハレルヤ!

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