栄光の冠 1コリント講解第13回

コリント人への手紙第1 講解第13回(2018.04.15)
聖書歌詞 1コリント 9 : 24~27

「また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。」25節

アスリートたちは、力を尽くして走っても、優勝するのはたった一人であることを知っています。
しかも仮に勝利したとしても、その記録はやがて塗り替えられ、忘れられていくことも知っています。
彼らの栄光はほんの一瞬です。でも、その一瞬のために、彼らはあらゆることを自制し、訓練を積むのです。

なぜそこまでできるのでしょうか?

それは彼らがそこに揺るがない価値を見出しているからです!
私たちは栄光の冠を得ることに、どれほど価値をみいだしているでしょうか。
あなたは、永遠に価値のある目標に向かい、賞を得られるように走っていますか。
決して色褪せることのない栄光の冠を受けるために全力を尽くしていますか。
一瞬の栄光(地上の栄光)のためにあれほどの努力ができる人々がいるのだとしたら、朽ちていくことのない栄冠をえるために走っている私たちは、どれほど福音のために真剣になるべきでしょうか!

私たちの信仰のレースは、ゴールがわからない、到達点が見えないようなレースではありません!
虚しく空振りばかりする戦いでもありません。
はっきりとゴールフラッグを見据え、手ごたえのある歩みです。
再び王として来られるイエスさまをお迎えするというゴール、再臨信仰をもって生きる時、本当の意味で毎日毎日が手ごたえのあるいのちに満ちた歩みとなるでしょう。

この福音の価値を見出して、人生を走りましょう!

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